Pola Museum

 一見、禁欲的な外観を有しながら、緊張をもって空間に君臨するのではなく、むしろみずから漂うかのようにやわらかく周囲の空気をまとう。そのたたずまいに手垢のついた調和という言葉をあてようとすると、そこに想像される意図や人為性の手応えは覚束なく、作品はますます軽やかさを増して目に映る。佐藤忠の作品は、あらゆる解釈や恣意的なアプローチをけっして拒絶することなく、しかしそれらから自由な存在の様態を身につけている。

 鍛金を学んだ佐藤は、素材の特性を手の内に入れ、形態を自在に作り上げる地平に立ちながらも、特性のさまざまな無際限の空間を志向しつづける。その意味で、2013年5月に箱根のポーラ美術館のアプローチブリッジ脇に設置された《Untitled #68》、《Untitled #69》、《Untitled #70》は、佐藤の仕事のなかでもとりわけ、空間の芸術としての彫刻の問題を背負いこむことになった作品といえるだろう。

 その位置するのは、来館者が駐車場からエントランスへ向かう、あるいは逆に美術館の建物を出て周囲に整備された遊歩道に入っていく動線に沿った場所である。建物の構造にも反映されている傾斜面が特徴的な、変化に富む地勢が露わになった空間であり、基本的にはスロープ状の歩道から見下ろす視点がとられる。また、富士箱根伊豆国立公園内に立地するポーラ美術館は、設計にあたってはもちろん、2002年9月の開館後も絶えず周囲の自然環境との共存を最大限に図り続けてきた。したがって作品設置にあたり、この地域に多いヒメシャラをはじめとした自然の植生への介入ないし改変は、避けられねばならなかった。
空間を特徴づけるこうした性格や制約は、多くの彫刻作品にとって容易に折り合える条件ではないだろう。しかし佐藤の作品は、空間を構成する多様な要素と同じ次元に、不思議にもするりと入り込む。そこには、錆という金属の酸化反応をその身に引き受けて内側へと浸透させていく、コールテン鋼の豊かな表情も働いているにちがいない。

 空間にいわば紛れ込んだ作品は、彫刻とは不可分であるはずの、みずからをめぐる視点の問題からの自由を得る。そのとき、工業製品を連想させる佐藤の作品のフォルムは、ユーモラスな調子を帯び始める。垂直性の力学や重力の負荷を逃れたことで、作品本体から遊離したかのようにフォルムのみが空間を漂う。

 佐藤は幾何学に適った形態に対する元来の志向性を隠しはしないものの、その作品の祖型は外部からではなく、折にふれてみずからのうちに生じるのだという。その後、まだ可塑性のそなわったその祖型に温度を与え、この世のものならしめる作業がなされる。外郭的な意味でのフォルムが形をなすまでの、いわば胚胎の時間である。シャープな輪郭をそなえた佐藤の作品がどこか緩やかな空気をまとっているとすれば、それはこの分厚い時間が内在しているからだろう。そして、夢からまだ覚めやらぬ時がつづくように、現実と絶えず隣り合いながら、作品は固有の時間を生きていく。

 低い構えで空間に入り込むことをよしとしながらも、そこに流れる時間からは自由であること。佐藤の作品につらぬかれたこの態度は、ときに諧謔性すらともなって多様な現実 と関わりを結ぶことになるだろう。そのとき、工芸と彫刻、ふたつの領域にまたがるこの作家の立ち位置の意味が、多くの人にあらためて確認れるにちがいない。


ポーラ美術館 学芸員 島本英明


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