地下通路空間に揺れる銀の波
2013年8月に開業した、東急ハーヴェストクラブ熱海伊豆山。緑豊かな高台に立ち、緑と海の両方の魅力を味わえる総客室数182室を誇る会員制のリゾート施設である。今回、施設内の各所にアートを点在させるというクライアント様の意向を受け、Bunkamuraはいくつかのアートをコーディネートさせていただいた。その中で、佐藤忠氏による大型のステンレス作品10点は、施設内のアートの中でも、一番の存在感とインパクト、そして美しさを放っている。
作品を設置したのは、本館と南館を結ぶ幅約4m、長さ約25mに渡る地下通路エリア。この通路は館内の中でもメイン導線にあたり、屋内から海へと抜ける通路として、滞在中の宿泊客のアクセスが多い空間のひとつである。この空間のアートコーディネートにあたって一番の課題は、通路を含む全ての壁面が、通常は屋外で用いる石のタイルであったことだ。石壁は、アートの選定や展開に大きな障害になったとも言えるが、逆手を取れば、最大の特徴である石壁をどう活かすかが本アートワークの最大のポイントとなった。
佐藤氏とは、プロジェクトの当初から金属を使ったレリーフ作品の検討を進めていた。金属が持つ重厚な質感で石壁や施設のインテリアのグレード感との調和を狙い、同時に作品の持つ「形」のシャープさで通路空間を引き締める効果を期待した。求められていたのは、単純なディスプレイとしてのオブジェではなく、空間を劇的に魅せられる「作品」であった。何度もエスキースを繰り返しながらプレゼンテーションを進め、佐藤氏のクリエイティブを最大限発揮していただきながら制作は進められた。
「Silver waves」と名付けられた一連の作品たち。曲線と直線を組み合わせた、佐藤氏の自由かつ創造的なラインは、作家独自の観点で大胆に波や水を表現しているようにも見える。大型のステンレス作品である特性上、インパクトを大きく放ちながらも、空間全体にシャープな印象を与えながら、寄せては返す海の波のように、鑑賞するシーンや角度によって様々な表情を生んでいる。丁寧なへアライン仕上げにより、通路の持つ移動性を、デザインと共に素材感でも同時に表現している作品といえるだろう。 加えて、抽象的な形の中に存在するある種の記号性は佐藤作品を認識するのに十分な暗黙のサインであるようにも感じられる。無機質で暗く冷たい石壁の地下空間に彩りを 与えているのは、通路に沿って光り輝く作品たちであり、ダイナミックかつゆるやかな曲線のラインと、ステンレス素材の持つ重厚かつシャープな輝きを最大限引き出した美しい仕上げである。
また、図面上やスケッチで、そして何度も現地に足を運んでシュミレーションした結果、通路空間内での、各作品のサイズと全体数量のプロットを絶妙のバランスで完成させている。佐藤氏の卓越した空間把握能力の成せる業である。設置工事が終了した瞬間、これ以上作品数が多くても、逆に少なくとも、各サイズがこれ以上大きくとも、逆に少なくとも、この空間は成立しないと感じた。抜群のバランスで配置された至極の作品群で魅力的な空間が仕上がった。
ある限定された場所や空間の為に創られた作品たち。それはある限定された人間だけが鑑賞できる贅沢なものだ。東急ハーヴェストクラブ熱海伊豆山の地下通路には、美術館でもギャラリーでも味わえない、そこでしか出会えない至宝の作品がある。是非現地に足を運んで、時間をかけて思う存分堪能していただきた
株式会社 東急文化村
運営事業部 販売企画室 ギャラリー
中小路 信貴
プロデュース 画像提供:
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